先日、谷崎潤一郎「陰翳礼讃」という本を読みました。
以下本の要約ではなく私の偏った感想です。また、最後にこの本から学んだことを観葉植物の設置に取り入れてみようというお話です。
1939年に刊行された古い本で、西洋化が急速に進む時代背景の中で日本古来の価値観と西洋の影響が交錯する中、日本の美学が西洋のそれと
は異なる「陰翳」の美に根ざしていることを指摘しています。
古代から西洋では石造りの建築が多く、窓を大きく採り光を取り入れて明るさを追求する建築が主流。
識字率の低さを補う形で神的な力のメタファーとして光を重宝し(ステンドグラスなどで聖書の物語を描写)
光の対比となる影を駆逐するような価値観とも言えます。
一方で日本は、地震や台風など自然災害が多く、資源的にも石造建築に頼ることができません。
基本的に木造建築でレンガを積み上げるような高さを出す建築が困難できない為、採光に不向きで平屋的な縁側以外の部屋は薄暗く
影と共存せざるを得ない状況が生まれます。
また、直接的な光源を避ける傾向にあり、外光を障子で遮り
蠟燭の光なども提灯のように和紙によってやわらかい光にすることを好みました。
そういった優しい光によって出来る陰は、あいまいで光と影が調和したような柔らかな陰になります。
そういった環境で近代まで過ごしていた日本人は、陰の中に畏怖の感情だけでなく、想像、ロマンを見出していました。
(舞妓さんの化粧やお歯黒なども例に挙げていて面白かった!)
日本の建築や生活様式にはその「陰」を取り入れる美学が根付いていると強調します。
陰翳は単なる暗さではなく生活の中に豊かさや深みをもたらす重要な要素であり、それこそが日本独自の美的感覚だと述べています。
『陰翳礼讃』は日本の自然環境や地理的条件が生んだ文化と美学を称賛する一方で、近代化によって失われつつある「陰」の感覚を惜しむエッセイでした。
ここから植物を絡めた話です。
例えば第二次大戦以降、国の風土に囚われず爆発的に世界中に普及した「コンクリート建築」の打ちっぱなし内装も
陰翳礼讃の視点から覗いてみると、日本的な美学を反映させた観葉植物の演出が期待できます。
私の経験的にはこういったコンクリ打ちっぱなしの場所は一般的なリビングというよりも
隠れ家的な、書斎や趣味部屋などの使用を想定した間取りと採光であることが多いです。
今回は「機能的な明るさ」よりも「自然な暗さ」を意識してセットする場所を考えてみます。
(こういった場所は空気が溜まりがちなのでサーキュレーター等の助けが必要かもしれません)
明るい場所に置きがちな観葉植物をあえて部屋の比較的暗い場所に耐陰性の高いものを設置する。
大きめの観葉植物を置くと、葉ぶり的にその場所に他の家具などはセットできなくなります。
部屋の一角に植物とともに影と空間的な余白を残し、想像の域を残すような演出です。
余白と墨の濃淡を味わう、日本の水墨画の楽しみ方と共通する部分がありますね。
こういった場所では鉢カバーに関しても釉薬陶器など、表面のテクスチャに凹凸(繊細な陰)が出る物や、
塗装に濃淡があるものを選んでみては如何でしょう(内壁に合せたセメントポットでもオイル拭き上げ仕上げで濃淡があるものなどご用意できます)
おわり